第二は偽賽を用ゐる詐欺賭博であるが、これは偽賽の種類が驚くほど多いので、到底、ここにその総てを尽すことは出来まいと思ふ故に、今は主として関東地方において行はれたもので、然も私が見聞したものだけに就いて記すとする。
現今では何うなつてゐるか知らぬが、昔は賽すりと称する細工人が、半年か一年目位に貸元の家へ来て、二月も三月も逗留して偽賽を拵へて往つたものである。細工料は天下法度のその又法度の物であるだけに、多額の金だつたと聞いてゐる。そして偽賽は一組として必ずサキ賽と云ふものが附いてゐる。これは真正の物であるが、此の真正の物と少しも違はぬやうに偽賽を作るのである。それでは何の必要があって斯うするかと云ふに、幾ら詐欺だからとて最初から偽賽を用ゐるものでは無く、初めはサキ賽を入れて坪皿を廻し、漸く張手が熟して来て場面も殺気立つまでに昂奮した潮先を狙つて、巧みにサキ賽と偽賽とをスリ代へるのであるから、両者の賽コロが寸分違はず作られてゐぬと、すぐに露顕するので斯くは拵へて置くのである。それから張手がズブの素人であれば格別だが、さうでなければ偽賽を遣ふことも五回に一回か十回に一回位しか用ゐぬもので、これ一番で大勢が決すると云ふやうな時に修練の妙を発揮するのである。賽コロをスリ代へる秘訣は後で述ベるとして、左に偽賽の種類を概略だけ挙げることにする。
これには丁方(偶数)と半方(奇数)との区別があるが、その拵へ方を簡単に云ふと、半方を余計―即ち七割だけ出るやうにするには、半方の裏に当る丁方の目を深く掘り、その目毎に水銀(昔は鉛)を入れて、目を漆で塞いで置くのである。斯うすると水銀の重さで丁方が下に据り半方が上に出ることになるのである。ただ水銀は寒さに会ふと凍るものであるから、常に腹帯、腹掛の丼に入れ、体温で暖めてゐぬと、イザと云ふときに役に立たず、思はぬ失敗を招ぐことがあると、聞いてゐる。
これは丁方を出さうとすれば、半方の目のところから絹針の先のやうな細い針が、約五厘ほどの長さで出るやうになつてゐて、それを坪皿をする(前後に押引すること)ときに手加減すると、その針が畳に触つて丁方へ転がるやうに拵へてある。吏に此の飛び賽には白飛びと、薄飛びの区別もあるが、熕雑になるので省略する。そして此の飛び賽は備後表なれば故障は無いが、琉球表では針が利かぬと云ふことを耳にしてゐる。
これは半方なり丁方なりの目から、白い細かい粉が黼れるやうに拵へてあるもので、坪皿をする時にその粉を見て偶数か奇数かを知るのである。昔は斯うした幼稚な偽賽を用ゐられたが、後には廃れてしまつたと聞かされたことがある。
これは賽に仕掛けがあるのでは無く、全く技術の熟練で行ふものである。その遣り方は白馬の尻尾の長い毛をとり、元は一本で先が二本に分れ(賽コロ二つの丁半の場合とすれば)るやう に拵へて置き、毛の元は左の手首に結びつけ、二岐の毛の先に蝿の頭(松脂と蝋と煉り合せたもの)と云ふものを附け、賽の目を自分の思ふやうに組合せる途端に、その蝿の頭を賽コロに付着させ、坪皿を右手で前へ押しながら左手の綱を引いて来るものなのである。これにも長綱と短い綱の区別があ るも大略にして置いた。
猶この外に、達磨、水こぼし、ピカ賽、尻目同などの偽賽も行はれてゐたが、今は省略に従ふこととする。
第三の場所に仕掛けのあるものは、穴熊と云ふのがよく行はれたとある。これは坪皿を伏せる部分だけの畳をクリ抜いて置き、一名の相棒が床下に這入つてゐて、上からの合図で針の先で賽コロを突いて思ふ目を出す方法であつた。併し斯うした大仕掛のことは賭場や野天では行はれぬことで、且つ余ッ程の素人で無ければ引ッかかるやうな事は無い。偽賽が斯うまで用意されてゐるところから、物に慣れた者は渡世人の賽コロを用ゐることを嫌ひ、即座で木を切つたり餅を切つたりして、手製することも珍しくなく、かくして詐欺から脱れようとするのである。