一、温泉浴は畜類の発明

我国は世界一の火山国であると同時に、又世界一の温泉国である。一道三府四十三県の到る所に、多少の差こそあれ、温泉の無い国は殆ど無いと言つても過言ではない。

それだけに、我が国民は温泉を悦び、入浴を好む国民であるが、不思議なことには、是等多数の温泉に浴することを、人間が発明せずして、動物に教へられたといふ伝説の残つてゐる点である。

伊予の道後は日本最初の温泉と称され、古く聖徳太子も入浴に往かれたこともあるが、此の霊泉の起りは、脚を傷けた一羽の鶯が、毎日飛んで来ては湯に患部を浸し、数日を経て全癒したのを村民が 知り、それから入浴して治病したので、昔は鶯の湯と言うたこともある。

富山県負婦郡山田村大字湯村の山田温泉は、八百年ばかり昔に、漁師に射られた猿が傷を湯につけて全治したので霊効を知り、それから人間が浴するやうになつたが、今に猿教へ湯と云うてゐる。長野県小県郡の別所温泉は、負傷した雉が教へたので雉の湯と称し、栃木県の那須の湯は、これも負傷した鹿が教へたので鹿の湯と云うたとある。

此の外に、東京市に近い埼玉県入間郡苧河内村の温泉は蛇が、岩手県岩手郡御所村の鶯の湯は脚を折つた鶯が、北海道の湯ノ川温泉は、傷いた熊が教へたのだと云はれてゐる。そして此の種の伝説は、到る所の温泉に残つてゐるが、非類果して霊泉を人間に教へたか否か疑ひなきにあらずだが、今は古い伝説を取次ぐだけにとどめるとする。