二、処女か否かを試験する方法

女が一人前になると、それが果して処女であるか、否かを試験する風習が各地に存してゐた。これで最も有名なのは、滋賀県の筑摩神社の鍋被祭である。此の祭に鍋一枚被る者は処女であつて、再婚者なり三婚者なりは、その数たけの鍋を彼らなければならなかつたのである。現今では、八人の乙女が紙製の鍋を破つて、祭儀に列するだけになつてしまつたが、古くは四枚も五枚も鍋を被つた女があつたと云ふことだ。

更に沖縄県の久高島では、此の試験が厳重に今以て行はれてゐる。その方法を略述すると、同島では十二年目毎に島内未婚の女子を、神アシァゲとて、内地の鎮守社のやうな場所に集め、社前の広庭に高さ二尺ほど幅一尺五寸ばかり、長さ二間くらゐの板橋を架け、女子をして一人づつ此の橋を渡らせるのであるが、此の橋は昔から、無垢なる処女にして初めて完全に渡り得るものであつて、一度でも異性に許した事のある女子は神罰を被り、必す橋から落ちて死ぬと言ひ伝へられてゐるので、島の女達は此の事を確信してゐる為めに、身に後暗いところのある者は前日あたり他村に隠れるか、気の強い女は、押して渡りかけ、途中で落ちて気死する者さへある。それ故に此の橋を渡れるか否かで、殆ど生涯の運命を決するのであるから、一生懸命になつて渡るのであるが、同村では此の試験が行はれてゐるために、女子の風紀が正しいとのことである。

山口県の大島では、婚礼の夜に、花嫁が処女であるか否かを試験する習慣がある。此のことは、方法が余りに露骨であるために、ここに明記することの出来ぬのは遺憾であるが、これに似たことは支那にも存してゐる。

支那では婚礼の翌朝に、花嫁が処女であつた場合は、家の前に木を建て赤い幡をつけ、然らざる場合は白い幡をつけるのであるが、後者の幡のときは離縁されても苦情の言へぬ掟となつてゐる。