一二、心中の原因は果して何か

妓梅川が忠兵衛をたしなめる文句に「そもや廓へ来る人の、たとへ持丸長者でも、金に詰るは在る習ひ、此処の恥は恥ならず」といふのがあるが、廓の金に詰るのが常であつて、然も世間の恥と別天地の恥とを同じやうに考へるところから心中沙汰が起つて来る。今大近松その他の作者が書いた心中物の主なるものに就き、その原因を簡単に調べて見ると、「天綱島」は男の不義理の借金と、他の男に対する意地である。「曽根崎心中」は男が主人の金を遣ひ込んだ為で、「重井簡」は女がその身を二重に売つた破綻からで、「今宮心中」は男が印形を破棄したため。「心中宵庚申」は永く夫婦生活が送れぬためで、「近頃河原達引」は、男が犯罪の嫌疑を受けて、女と夫婦になれぬ結果。そして、「難波心中」は男の負債のためである。是等は元より僅少なる類例であるが、これから見るも、心中の原因が経済的の金銭問題にからんでゐることの多いのが知られる。

今も昔も、「金が敵の世の中」ではある。