四、同性愛の心中から始まる

江戸時代の心中は、先づ同性愛の男同士の心中によつて幕が開かれてゐる。寛水年間に、伊丹左京と舟川釆女の事件がそれである。

当時は戦国の余風を承けて男色が上下に流行し、武士も僧侶も町人もこれを愛して、その弊害は女色よりも甚大のものがあった。左京は将軍秀忠の「お座直し」と称する小姓であったが、細田主膳が横恋慕したのを怒つて殺害したので、将軍から切腹を命ぜられ自刄した。それを左京と色情関係のあつた釆女が聞いて、同じく割腹して跡を追うた。

此の事件は、美少年が将軍に関係を有してゐただけに大評判となり、一時、江戸市内は此の話で持ちきるといふ騒ぎであつた。