四、虐待で怏感を味ふ変質者

変態性欲者には種々なる異つたものがあるが、殊に凄惨を極めるのは相手方を傷け、流血を見て怏感を覚えるもの。 此の反対に自分が傷つけられ、又は火箸で焼れたりして快感を味ふものである。

森田座の役者が向島にある大年増の女に買われ、段々馴染を重ねてゐるうちに、此の女が変態の性欲者で心やすくなるに従い、初めは此処を咬んでくれ彼処を抓つてくれと註文しだしたが、後には段々とそれが嵩じて来て、自分から刃物を持ち出し、これで斬つてくれと慄へてゐる役者に強請む始末を古い本に見えてゐるも、余り詳しく書くことは風紀上面白くないので差控へるが、かうした実例は 明治になつても沢山ある。

南千住の馬子の家で、夜になると 毎晩のやうに女の悲鳴が聴こえるので、巡査が不審に思ひ、馬子夫婦を本署へ引致して取調ベると、女 房の申立に、始めは亭主が女房を虐待し、苦しむのを見なければ快感を覚えぬとのことい、それを幾度となく繰返してゐるうちに、今度は反対に、女房の方が虐待されなければ気が済まぬようになり、後には嫌がる亭主を無理矢理に強請んで、あらゆる虐待を加へて貰い、それが益々度を超えて来て、焼火箸を身体中に刺すようになり、驚くべし、身体中一寸の隙間もないまでに、焼火箸の痕がついてゐたといふ話を聴いたことがある。これなどは、女子の身にとつては苦しむことが快いといふ倒錯症にかかつたのである。