羽越線の秋田市を西南に距る約一里のところに、新屋駅と云ふがある。日本海に沿うた漁村ではあるが、此の地の山王様(今は日吉神社と改む)は由緒も古く、社格も高く、昔は秋田藩代々の領主が崇敬し、今も此の地方で有名な社である。
然るにこの神社の祭礼には、全国に一つしか無いと云ふ不思議がある。それは祭礼の日に、愈々御輿が出ると云ふ時になると、神主が恭々しく神様の穿ぐ沓を逆さまに御輿の前へ置き並べる。そしてその沓が自然と前に向ひ直るのをきッかけに、氏子が御輿を昇ぎ出すのを例としてゐる。それ故に、今に「新屋の山王沓任せ」と云うてゐる。
栃木県上都賀郡清洲村の三峯(羽黒、月山、湯殿山の三神を祭る)神社の例祭は、毎年四月一日であるが、此社にも世上に類の無い祭がある。それは祭日になると、村中の氏子が社殿に集つて洒を飲むが、そのうちで必ず一人だけ腰を抜かす者が出来る。その者を藤蔓で拵へた畚に乗せ、大勢して担いで家へ送り帰すのであるが、社地を離れ、途中まで来ると嘘のやうに腰が起つので、今に腰ぬけ祭と称してるる。
此の二つの祭は、風俗としては左程に珍重すべきものではないが、祭礼の神秘として考へると、大いに研究すべきものが濳んでゐるのである。
文化が発達したと云ふが、まだ学問の力では解釈されぬものが少くないやうに思はれる。