千葉県香取郡大倉行郷社側高神社に、古く鬚撫で祭といふが行はれてゐた。これは祭礼の夜に氏子一同が社殿に集り、御洒のお流れを頂くことになつてゐるが、若しその折に、過つてなりとも鬚を撫でる者があると、神慮に反いたとて罰洒を飲ませることになつてゐた。
これはこの祭神が、洒を飲む折には、必ず鬚を撫でるアイヌ神であつて、その氏子も亦アイヌであつたのが、時勢の進むにつれて日本人に同化して、出来るだけ古い風俗を忘れようとするのに、鬚を撫でて昔を懐ひ出させるのは宜しくないと云ふので、遂にかうした祭儀が工夫されたものと思ふ。
尻摘み祭は、今に各地の神社に行はれてゐるが、最も有名なのは大分県の官幣大社宇佐八幡宮のそれである。
昔は祭礼の夜に参詣する婦人の尻を、同じ若者が行きずりに摘んだものである、俚謡に「宇佐の河原で尻ひねられて、今にひりひり痛うござる」とあるやうに。
そして、祭の折に尻をひねられると、早く良縁を得ると云ふ迷信があつたので、態々ひねられに出かけたものだと云ふ。大阪に近い西ノ宮の恵比須神社でも、昔はお腰や祭とて同じく尻摘みが行はれ たものである。言ひ伝へによると、恵比須神が此の地に鎮座しようと歩いて来たが、余り疲れたというて、道の傍の石に腰をかけたまま歩かうとしない。そこで御件の神様が、早くお起ちあれと云ひな がら腰をひねつたので、祭礼に此の真似をするのだと云うてゐる。併しこれも源流に溯ると、宇佐八幡宮と同じやうに授胎の圧勝であつたと考へられる。