九、異族結婚と嫁盜みとの関係

我国には古く蛇や狐が女に化し、それと結婚したと云ふ話が沢山に存してゐる。卑近の例を挙げれば葛ノ葉物語で有名な信太狐や静岡県二股町の横河神社の祭神は蛇であるが、女となって田村麿と契りたとか、更に三十三間堂の棟となった柳の精が、人と交って子を生むだとか云ふのがそれである。そして此の古い話を婚姻史の立場から眺めると、これは我国にも大昔は、同じ族霊に属してゐた者は通婚を禁じられてゐた信仰があったと考へられるのである。此の事はやや専門的であって、詳しく述べぬと合点が往かぬかも知れぬが、さりとて茲に余り耳遠い事を記すのも心なき業と思ふので、深く言ふこ とを見合せるとするが、兎に角に同じ族霊を有してゐる者は、通婚が出来なかった為め、ここに異族結婚とて、他の部族の女子を盗んで来て妻とすることが行はれるやうになり、その結果が斯うした人間以外の蛇とか狐とか柳とか(これがその部族のトーテムであったのであらう)と云ふ非類の者も、結婚すると云ふ話になったのであらうと考へる。支那で同性娶らずと云うたのも、遠く理由を訊ねると、此の思想が元となってゐて、我が沖縄県で古く同じ氏子は、通婚を好まぬやうな傾きがあったのも、亦この思想からではないかと思ふのである。