八(鷹に見こまれた小雀が…)

鷹に見こまれた小雀が、驚くと思ひの外に、三草子は自若として白刄を収めさせ、

「どうせ殺されるのなら、好きな道、辞世を一首詠みますうち堪へて下さい」と、心静に帯締め直し、以前の延紙し、

これと言ふ事をもなさで徒らに

捨つるいのちの惜くもある哉

と認めた。歌は必ずしも絶唱ではないが、此の場合に悠々と思ひを述べるその度胸には、流石の伊賀守も胆をぬかれた。

「これは身共が悪かつた。これ此の通り詑びるほどに、まあ機嫌直して一つ飲め」と、傍にあつた盃洗の水をあけ、それへ小判を七八枚入れ、満々と酒をついで三草子に突きつけた。

「詫びるなんて水臭いぢやありませんか、貴方のお疑ひさへ晴れれば、それで宜しいですよ、ではお流れを頂きますわ」。三草子に盆洗を両手に受け、百鯨の長川を吸ふが如く、ぐつと飲み乾し、「伊賀の御前、妾は手品師ではありませんから、御酒は頂きましたが小判は飲みません」と、言ひながら件の盃洗を、小判ぐるみ川へザンブリと投げ込んだ。水面の月は百千に砕け、船の中には声もなかつた。

かうした劇的場面があつた後し、両人の情交は一段と濃かになり、然も此の事件は都下の人々をして驚かにたものである。