九、幽霊宿に潜む不思議な話

越中の立山には幽霊宿と云ふのがあつた。執着の深い男が死んだ女房の幽霊に遇ひたいと思つて、此の宿に頼むと必ず遇はせてくれると云ふので、昔は不思議なほど繁昌したものである。

併しそれが、幽霊宿の詐欺であることは言ふまでも無かつた。宿屋では年頃の女を幾人か抱へて置いて、白装束を着せ、額に三角の紙をあて、深更に地獄谷の一本松の下で男に遇はせる。その時宿では、幽霊に話しかけぬやうにと呉々も注意するが、死んだ女房に遇ひたさに尋ねて来るほどの未練男、幽霊を見ると注意を忘れ、何の彼のと話しかけると幽霊は頭を振るだけで、やがて消えてしまふさうである。これには当時としては、少なからぬ金を宿屋へ取られたことは言ふまでもない。

稀には恋しさの余り幽霊に抱きつきそれが本当の人間であり、身の上を聞いて哀れに思ひ、その場から二人駈落をして、夫婦になつたと云ふ珍談さへもある。