八、神の申し子は罪の結果だ

俗に神の申し子と称して、受胎を神(又は仏)に祈る迷信の裏面には、往々にして厭ふべき犯罪が伴うてゐるのである。

九州の尾形継義は、その先祖の嫗が明神嶽に折り、大蛇と契つて子を儲けた子孫である為めに、脇の下に鱗が三枚生えてゐたとか。四国の越智氏でも、遠い祖先の一女が三島神から子を授かつたとか云ふ話は、かなり多く語り伝へられてゐる。

更に奇披な話になると、飛騨匠の母は醜婦であつた為めに、誰も妻に貰ひ人が無かつたが、神の池に月の映つた水を飲んで懐妊し、産み落したのが匠であるとか、三河の鳳来寺の利命上人が小便した、それを嘗めて受胎し、女子を儲けたとか云ふ─今日からは想像も出来ぬ不思議な申し子の伝説が多く残つてゐる。併しその事実は、概して神官や、僧侶の奸計に出たものである。

明治十年頃、栃木県下都賀郡の柏倉の金比羅神が子授の神とて、大いに流行し、子供を欲しがる関八州の女子が雲集したものであるが、それは神官が、天狗の仮面を被つて犯すことが発覚し、大騒ぎとなつたことが語り残されてゐる。