三河のオトラ狐、出雲のジン狐も─以上と似たものであるから、説明を省き、今度は飛騨の牛蒡種に就いて述べるとする。
これは、狐と違つた憑き物ではあるが、同国の大野、吉城の二郡に多く存してるて、此の家筋の男女は一種不思議の力を有し、家筋以外の者に対し、憎いとか嫌ひだとか思うて睨みつけると、その相手の者は立ちどころに発熱し頭痛し、苦悶した果は精神に異状を呈し、病床に呻吟するに至る。
幸ひに、軽い者は数十日で恢復するが、重い者になると、これが原因となつて死ぬこともある。更に此の家筋の女を妻にした男などは、妻に対して如何ともすることが出来ず、一朝、妻の怒りに触れると、夫は忽ち病気になる有様とて、此の種の女を妻とした男は、妻の言ひつけ通り洗濯もすれば針仕事もすると云ふやうな訳で、全く生涯を奴隷同様に送ると伝へられてゐる。そして牛蒡種とは、一度憑くと離れぬと云ふので、かく名づけたのであると云うてゐる。
狐の棲んでゐぬ四国には、犬神といふ憑き物がある。然も此の犬神の弊害は、実に猛烈なるものがあるので、昔の領主は法令を発してこれが根絶を試みたが、その甲斐が無かつたので、遂に犬神の根拠地ともいふべき村々を焼き払つたことさへあるが、それでも掃蕩することが出来ず、今に草深い僻村に往くと、犬神のことが話題になるほどである。
そして、一度これに憑かれると病気となり、苦しみは痛風(今日の神経痛)に似て、骨や筋を犬が咬むやうに烈しく、且つ高熱を発して譫言を云ふやうになると伝へられてゐる。