北海道のアイヌの女子は、今でも十三四歳になり、通経があると、上唇のところヘボツチリ刺青する。それを、十玉、十六と歳のすすむにつれ、左右へ広げ、それと同時に下唇にも刺青して口角を一周させる。
これは女性として、一人前に成熟し、妻たり、母たるの資格を具ヘたといふ記号である。内地の女子が、昔は適婚の標に、歯を鉄漿で染めたのと同じ意味である。歯黒が有夫の標識となつたのは、後世のことで、その起りは、月水の潮来を境として行つたものである。
沖縄県の各島々でも、近年まで、女子は一人前になると左右の手の胛に刺青したものである。刺青の模様は、アイヌのそれと違ひ、島々で変り、人によつて好みを別にするので、複雑を極めてゐるが、それでも大概は、裁縫が上手になるやうにと、鉄や絲巻の図案や、又は飲食に困らぬやうにと、枡やお膳などを彫つてるる。矢張り女子だけに、刺青にまで世帯味が現はれてるるのは面白いことである。
二三年町に、青森県の五所河原町附近の、村々を旅行した人の紀行を見ると、この地方では相当に文字ある中流階級の男子が、好んで上膊部、又は前膊部に刺青してゐる。
大抵三十歳がらみの壮年者であつて、図柄は葉のついた桃子か、大力といふ文字かである。稀には、苦痛に堪ヘかねて、中途で止めたといふ者も幾人かあり、また一人は、上膊部に、富士形の山に、横に岩木山と文字まで加ヘてあるのを見た。但し、女子には一人もなかつたとある。これは古く、この地にアイヌが居たので、その習俗を残したのであらう。
それから桃子は、刺青の模様に多く用ゐられるが、桃は即ち股であつて、×器を意味してゐるのである。桃から生れた桃太郎も、実は股から生れた男子である。